MUSEUM TALK

著名人からの視点で語る、
「金融」への思いと明日への刺激。

Museum Talk No.003 杉山恒太郎(クリエイティブディレクター)×渡邉賢太郎(漫画家)

金融/知のLANDSCAPEを準備している時準備室のスタッフの間で同じようなことを考えている人がいるね!と話題になったのが今回のゲスト渡邉賢太郎さんの著したなぜ日本人はこんなに働いているのにお金持ちになれないのか?という本でした
そこには“信頼”を求め合い続けるという人間の行動原理とお金との関係と今お金がどこへ向かおうとしているのかが2年以上も世界を巡ったフィールドワークから生まれた生の言葉で綴られていました
MUSEUM TALK第三回の対談は大手証券会社を辞し人間とお金の関係を探すことをテーマに旅をした渡邉さんの思惟と私たちの未来への予見に満ちた金融への学びがつまった一篇です

選択の失敗があっても、その先に
最高の瞬間があることに気づいた旅でした。(渡邉)

杉山 今日は来ていただいてありがとうございますお会いするのが楽しみだった

渡邉 こちらこそお呼びいただいて有り難うございます

杉山 なぜ日本人はこんなに働いているのに,お金持ちになれないのかを本当に面白く読ませていただきました一流の証券マンをお辞めになり明日へも知れぬ旅に出ようっていうのは凄いことだけど僕が最近聞く話の中で最も素敵な話だしその結果得たものも素晴らしいと思いましたのでずいぶんいろんな所で話していらっしゃるだろうけど最初は渡邉さんがお金を訪ねる旅を始めたきっかけからお話いただけますか

渡邉 ありがとうございますもともと世界を旅するっていうことに関してはある種の憧れがあったんですけれどやっぱり決心したのはリーマンショック以後です
単純になぜだという意識が強かった実際に海の向こうで誰かが何かをした結果として僕らの顧客である例えば建設会社の方などの倒産が平気で起こるわけですそしてその影響で一生懸命働いている金融とは全然関係のない世界にいる人たちが余波に飲み込まれていくことにすごく違和感を覚えました
この違和感をよく考えていくと自分がお金や金融について全然分かっていないことに気が付いたんです今まで知っているつもりでいたことはほぼ伝聞なわけです新興国の経済事情とか行ったこともない国の話をずっと頭の中に詰め込んでお客さまにもお話している本をあさってもそこには通り一辺のことしか書かれていないお前見たのかよという感じです自分の中でクエスチョンマークがたぶん飽和したのでこれはもう自分で見てみないと分からないな

杉山 仕事で経験して覚える知識や情報はわりとテクニカルなことだものね

渡邉 その通りですそれでやっぱり直接体を動かそうっていう衝動にかられたっていうのが一番きっかけとしては大きいかなと思います

杉山 それを身体化させるのはすごいね旅はどこからスタートしたんですか?

渡邉 2011年の5月に鳥取県の境港からフェリーで出発しました

杉山 あのゲゲゲの鬼太郎境港から?

渡邉 そうです韓国のトンヘとウラジオストクと境港を結ぶフェリー航路があるんです僕らの世代はどうしても沢木耕太郎さんへ憧れがありますので飛行機で行くよりはどうせなら船で出たいという欲求があった

杉山 深夜特急

渡邉 はいちょうど27歳のときに沢木さんが出られていてということが書いてあるんですが私は28歳になって慌てて出ました
それから船で中国天津に入りタイまでは陸路でずっと行き来しましてタイからはミャンマーが飛行機でしか入れなかったのでそこから航空機を使い出してあとはネパールバングラデシュインドそれからアフリカに飛んだ後実は旅は1年ぐらいかなと思って日本を出たんですけど1年たったときにまだトルコにいて

杉山 結局旅は何年ですか

渡邉 丸2年です一度も帰国せず

杉山 それもまたすごいね

渡邉 意外と世界って広いその後中東からヨーロッパを巡って北米南米のパタゴニアまで行って最後がキューバからメキシコ経由で西海岸に戻ってロスから日本に帰ってきました

杉山 その旅でこれは変わったなと感じることがありますかもちろん本の中には書いてあるけれど

渡邉 今でも一番大きいなと思うのは旅って選択と結果の連続ですよね例えば今自分がいる街から次にABCどの街に行くかは選択だしそれをバスで行くのか電車で行くのか飛行機で行くのかという交通手段も選択宿を予約してからその街に入るのか予約せずに着いてから探すのかもそうです全部自分がチョイスするその選択が失敗であることが多い自分のチョイスが正しいとは限らないことがすぐに分かるわけです高いお金を出して速いバスに乗ったつもりで行ったらそのバスが途中でエンストして24時間もの間野宿したりやっと目的地に着いたら深夜のバスターミナルでそこは野良犬たちが巣食っているような場所であったり
そういうチョイスをしていくと失敗するしたなって思いますところが旅を続けているとその失敗のちょっと先に例えばヘトヘトになってたどり着いた宿の休憩室にいたドイツ人の男の子と仲良くなってその彼が一生の友だちになるということがあるんですよ

杉山 うん

渡邉 そういうことが何度も同じように起こってくる気付いたのは結局一見失敗だなと思ったこともそれがないとその先にある最高の瞬間みたいなものにつながらないということそう気づいたらもうどれを選択しても結果が怖くなくなりました

杉山 見事な結論だな

いつまでも、お金に対して恐怖心を持つって、
心の不自由だと思う。(杉山)

杉山 渡邉さんの本にはお金というのは人間関係の中においては信頼の証というか信頼を実感させてくれるものだと書いてある信頼についても人間は信頼を得るものだし信頼される存在だというふうに書いてあったのがとってもいいなと思ったんだけど
お金を媒介にして信頼というかお金が上手に機能すると人とか社会とかに対しての信頼っていうものを実感できるっていうのは長い旅の中でどの辺から

渡邉 やっぱりお金が使えないタイミングを何度か経験したんですね

杉山 なるほど

渡邉 たとえばエチオピアの奥地で自分が持ってる通貨が日本円とかしかないことがありましたあとはインドから入ったのでインドのお金を持っていましたがもちろん全く通用しないところが次に行きたい場所にはその地域の街中まで移動しない限り何もできないどうしたかというとクルマを運転する人にひたすら頼み込んだんです言葉も通じないけどなんか街中に行ってくれ頼むと言ってこっちが必死だから向こうも何となく分かるこいつは困っていそうだそれからこいつは大丈夫そうだそれで乗せてくれたりする
これってお金があったら僕はそんなことやらない何も頼み込む必要もないしハイハイと機械的に行けちゃうはずですだからこの関係を築くことをお金でショートカットしていたんだなということに気が付いたんです

杉山 なるほどなるほど素晴らしい体験ですね

渡邉 本当によかったなと思いますそのときは必死ですけど今ここにいて10数時間後にアジアのどこかでカレーを食べようと思ったら食べられますよねでもこれもやっぱりお金があるからでお金がいろんな信頼を媒介してくれているからこそそれができるお金がなければどこであろうとまずお前誰だとなるそれがお金あるからって言ったら泊まれるし食べられるその辺の感覚がずっと旅の途中で存在していたという気がしまね

杉山 子どものころからそういうふうにお金を学ぶことができたら随分いろんなことが変わるだろうとふと思いました

渡邉 とても大事なことだと思います実は先日20代後半ぐらいの社会人の方が多い講演に呼ばれてお金について話したのですがなかなか僕の話が参加している人に入っていかないんですもっと自由に考えていいですよと伝えてもでもお金ってやっぱりいやでもお金がないととなってしまう幼い頃から刷り込まれているから発想が変わらない小学生中学生ぐらいのあまり自分がお金を扱わない年齢の頃からお金ってどんなものだろう?と考える機会や観点を増やしてあげることが重要だと本当に思いましたね

杉山 誤解されるからうまく言わないといけないのだけどお金って究極的には必要ないんだよね

渡邉 いやぁそうですよ!

杉山 仕事なんかしなくていいという意味じゃないんだけどそこが分かってお金大事だよとかやっぱり欲しいものはお金がなくてはと言うのはいいそうしないと常にお金に対しての異常な恐怖感を持って生きなきゃならないそれ心の不自由だよね

渡邉 もうおっしゃるとおりです

杉山 そこ結構ポイントでしょう

渡邉 そう思いますやっぱりあくまで人間が先であってお金も金融もあとから生まれたもの道具としてどう使いこなすかだけですでもその道具であるお金はパワーが強大なので本当にみんな原点を忘れてしまう今の金融システムも信頼があるからこそ成り立ち得る仕組みだからこそあんまり疑いの余地を挟めない
挟み始めるともう全然成り立たなくなってしまう疑わない疑っちゃ駄目だから考えないっていうそこが結構拮抗していると思います

杉山 思考停止だよね

渡邉 思考停止だなと思いますし誰も知らない誰も分からないっていうことで蓋をして神棚に祭っているみたいな感じになってしまっています

杉山 だからこの著作にも書いてあったようにイングランド銀行の博物館に子どもたちが一人で遊びに行って金融とは何かを体験している姿を見るとほら見たことか僕は思ってしまうやっぱりみんな小さなときから学んでいるでしょうと将来お金ときちんと向かい合えるようにまず小さいときに教えてあげるっていうのかな
シンガポールが国家的におこなっている21世紀の教育プロジェクトの一環ですごいスーパー小学校が出来たノーベル賞クラスの先生方がいて当然のように金融工学を教えたり

渡邉 おー金融工学

杉山 交渉術やプレゼン能力などを学ぶことも考えられている
あまり英才教育をすると感動がなくなっちゃうので無感動の人になっていく怖さは相当あるらしいんだけどシンガポールの小学校は極端な例だとしても小さいときに生きるための大事な知恵のひとつとしてやっぱり金融とかお金がちゃんと位置付けられているのはすごく真っ当な考え方だと僕は思った

渡邉 そうですね確かに

近江商人の「三方これよし」の思想や禅など、
日本人の足元を確認することが本当に大切です。
(渡邉)

杉山 銀行のイメージについては今どんなふうに思っています?

渡邉 旅を通じて少なくとも日本の銀行とか金融機関ってとても人を育てていると思うようになりましたというのは金融業ってとことん“信頼”以外に何ものもないわけですいろいろ商品ラインナップを揃えても最後はブランドとか会社のトップの方から窓口の方までに対する信頼でお客さまは決めるそういう意味では日本の金融業は特に人を育て続けてきている気がします

杉山 要するに知的レベルが高いっていう意味?

渡邉 知的レベルっていうよりはどちらかというと人格の意味ですね

杉山 人格人柄といってもいいのかな

渡邉 はいやはりこんなに当たり前のように信頼できる人たちってそんなにいない気がするんですもちろん仕事だといえばそうなのですが本当に金融機関は日本では地銀とかも合わせていくとたぶん数十万とかっていう人たちそれらの人材を企業が誠実に育ててきたというのは珍しいと思います

杉山 でもこんなにいい金融機関を持っているのに渡邉さんの旅は日本の人たちはお金を知らないという結論に達していますね

渡邉 そもそもお金のことを知っているということといわゆる信頼できる人物であるとか誠実であるとかっていうことはまた別な話ですだからお金って信頼そのものだということを意識しなくても別に金融機関の仕事はできるということがまずあるやはりシステムの中で誠実に役割をこなすということはやろうとしているのだけどそのシステム自体を自分たちがつくっていく側なのだという意識を持っている方が実はそんなに多くないのではないかという気が個人的にはしています近代の金融のシステムそのものを輸入してしまったということが大きいのではないかと僕は思ってます

杉山 そのシステムをつくった歴史が分かってないからねやっぱり人間が人と人との関係をどうやったらギスギスしないでモノを交換できたり互いに利益を被ったりというものが長い歴史の中から生まれたシステムでしょう

渡邉 おっしゃるとおりですね

杉山 最近のことだけどラグビー日本代表のHCだったエディジョーンズが退任の記者会見で言った言葉が気になったんです日本代表は確かに素晴らしいチームだけどじゃあ2019年に向けてどうなのかっていうと大変疑問だというものマインドセットを変えることをあまりにも恐れているし従順であるってことが第一義的なままでは次のワールドカップでは日本では勝てないよという苦言です要するに自らそれこそ自分でシステムをつくっていくような選手になっていかないとダメだとそのとおりだなと思った

渡邉 これ日本だけではなくて今のアジアとかアフリカとかも同じだと思いますやっぱりシステムをつくった側とつくったものを輸入した側では圧倒的に金融に対する知識が違う
このミュージアムでもコンテンツになっていましたがもともと日本人は独自の金融システムを持っていたんです藩札という制度があって何々藩というすごくローカルな範囲でいわゆる不換紙幣交換を約束されてないそれこそ現代のお金と同じ仕組みのお金が一部で流通していたこれは本当に高度な信頼関係があって成り立つ仕組みですその土地を治めている殿さまや自分たちの住んでいる互いのコミュニティーに対する信頼関係があったのでしょうそういう僕らの本当の足元にも次の来るべき金融のシステムのヒントはあるんですけど

杉山 昔の近江商人の三方よしじゃないけどあれが基本的なビジネス商売の一番基本のモラルというか

渡邉 本当にそうですよね僕らの目線がなぜか外に向いてしまい続けていたなという気がするんです逆に欧米のビジネスマンの方がそれを今ごろ日本で昔こんなふうに言われていたらしいぞと有り難がって言いますだから今あらためて本当にやるべきことはたぶん足元を掘っていくことなのじゃないかと
このミュージアムの内容はまさしくそうだと思う
たくさんアフォリズムもありますが福沢諭吉先生とか渋沢栄一翁の言葉の中にどんなに金融に関する最新の教科書を読むより知るべきことが書いてあると思いますし足元を確認していくことは本当に大事だなと思います

相対的な価値が重視されてくる社会で、
新たな“信頼”のためにやるべきこと。

杉山 さっき日本の足元を見るということで次のヒントかなと言われていましたけども渡邉さんが思うこれからの金融についてお聞きしようかな

渡邉 信頼の媒介物としての機能がお金からネットに移ったと思いますそれで何が起こるかというとまずはスピードが上がるあとはより相対的な価値っていうのが重視されるだろうと考えています要するに絶対の価値基準の中ではなくてほかと比べてどうなのか相対的な価値が重視されるようになるとやっぱりオリジナルであることってすごく重要になるたとえば京都って世界中に京都しかない文化や景色があるからみんな京都に来る南米ボリビアにあるウユニ塩湖にはあそこにしかない景観があるから行くオリジナルであればあるほど価値が高まっていくっていくことがすでにもう始まっていてそれを社会が見つけやすくなったより小さく速く多様になっていくっていうのがたぶん本質的な変化なのだろうという気がしていますそれはたぶん金融に限らない変化だと思いますけれども
こうした変化に今ある巨大な金融のシステムがどう最適化していくのかっていうのはとても興味がありますね一人一人がその変化を捉えて自分で考えなきゃいけなくなってくると思いますしたぶんお金のこと知りませんでは済まない時代になる本当に今の小学校とか中学生とかそのリテラシーを早く身に付けていくっていくことが大切になる気がしていますね

杉山 ものが全て相対的になっていくっていうのは結構不幸なんだよねそこをどういうふうに

渡邉 そうですね

杉山 おっしゃるように自分でものを考え自分で価値をつくりみんなが空しくならずに自分で楽しくというふうになっていかなくてはそういうふうに大きく教育も変わっていかなきゃいけないだろうな
今日はいろんなヒントをいただきましたこのミュージアムでも何かやりたいものですどうもありがとうございました

杉山 恒太郎

株式会社ライトパブリシティ 代表取締役執行役員社長。大阪芸術大学 客員教授

1999年より電通においてデジタル領域のリーダーをつとめ、インタラクティブ広告の確立に寄与。トラディショナル広告とインタラクティブ広告の両方を熟知した、数少ないエグゼクティブクリエーティブディレクター。

渡邉賢太郎(わたなべ けんたろう)

1982年生まれ。三菱UFJモルガン・スタンレー証券を2010年に退職後、翌年から2年間、テーマは「お金とは何か?」を設定し、世界40ヵ国を回る旅を敢行。帰国後、その体験談と思索を纏めた『なぜ日本人は、こんなに働いているのにお金持ちになれないのか?』(いろは出版)を出版し話題に。現在は、社会起業家の育成・支援を行う「ETIC.」で、「SUSANOO」プロジェクトリーダーを務めつつ、執筆活動や講演などもおこなっている。

●『なぜ日本人は、こんなに働いているのに お金持ちになれないのか?』(いろは出版)
渡邉氏が丸二年に渡った世界を巡る旅で体験したことを通じて、氏が感じた「お金とは何か?」への思惟が語られ、日本人のお金に対する距離や考え方が、日本人がお金持ちになれない主因であることを導く。お金の歴史や金融システムの本質、世界中のお金を道具として使いこなす人々とお金に振り回される人々など、目からウロコの「お金とは?」が満載。