MUSEUM TALK

著名人からの視点で語る、
「金融」への思いと明日への刺激。

Museum Talk 005 杉山恒太郎(クリエイティブディレクター)×中村桂子(理学博士 JT生命誌研究館館長)

生命誌という言葉をご存知でしょうか
人間も含めた様々な生きものたちの生きている様子を見つめそこからどう生きるかを探す知の領域のこと
38億年の生きもののつながりを見つめる学問は金融の現在にも多くの示唆を与えてくれます

今回のゲスト日本の科学界を代表する中村桂子氏はその生命誌を生んだ人
中村氏の視線に映る金融の現在とは?
以前より中村氏の大ファンである杉山恒太郎氏が迫ります

言葉が見つかった瞬間に、
前が開けることがある(杉山)

杉山 今日はお忙しいところをありがとうございます
実はボクは中村さんの生命誌の大ファンで提唱されたとき生命誌をごんべんにされたことがとても新鮮だった思い出がありますしかもいま時代が追いついてきたというかもっとリアリティーをもって生命誌の捉えかたに説得力を加えていると思うんです

中村 有り難うございます1980年代後半生命科学が生きものを機械のように見ることを考え直したかったのですが具体的な知のカタチが浮かびませんでした
そこへゲノムというひとつの細胞の中にあるDNA全体が見えてきてこれがやりたかったんだと思い生命誌研究館という6文字がパッと頭に浮かびましたですから生命誌という分野だけでなく研究館という場所とセットなんです
生命誌を行うには研究館でなければいけないこの言葉が出た途端にもやもやが消えました

杉山 前が開けたということ?

中村 整理ができてパッと見えたんですあっこれをやればいいんだって
それ以来言葉ってすごいなと思っています

杉山 言葉で規定した瞬間にイメージが湧くんですよね

中村 そのとおりです言葉はコミュニケーションにも大事ですけれど考えイメージを作るときに言葉が大事ですそこにいる犬は言葉がなくても示せますけれど犬が存在しないときにを考えるには言葉がないと考えられない生命科学は生きものを機械のように見るので分析して構造と機能が分かれば分かるという考え方ですけれどそうではないと思っていました科学としてどういう切り口にすればよいのかと思ったときに生きものって生まれるんだというあたりまえのことに気づきました生まれるのですから親がいてそのまた親がいて……ずっと生きものは歴史を見なければいけないはずですしかも幸いなことに当時ゲノムが分かってきて

杉山 ゲノムとはイコールDNAでいいのですか

中村 ゲノムの実態はDNAです当時はDNAを分析して遺伝子として見ていたのですところが研究が進み個別の遺伝子を調べるのでなくゲノムという総体DNAすべての遺伝情報を見ようという動きが出てきましたわたしの身体をつくっている細胞には必ずゲノムが入っていますわたしのゲノムを調べればわたしの歴史が書いてあるアリを調べればアリの歴史が書いてあるあらゆる生きものは38億年前に海で生まれた細胞を祖先にしていますので,それ以来の歴史が調べられるこんな素晴らしい切り口があるのにこれを使わない手はないと思ったのですそこで生命誌です

杉山 普通歴史のですよね

中村 は学校で習った歴史のイメージです織田信長が光秀に討たれて光秀が天下を取るかと思ったら秀吉その後に家康というようにトップというか時代の表層で語っていくそれは生きものでいうなら人間へ向けての流れだけを見ていることになります大河ドラマですと農民も女性も出てきますね生きものならアリもいるしゴリラもいる本当に多様ですそれらをみんな語りたいとしたらでは駄目なのです

杉山 では収まりきらない

中村 フランスの詩人で小説家のジュールルナールJules Renard,1864〜1910博物誌という詩集があります
原題はHistoires Naturelles英語ではNaturalhistoryですね
その翻訳です生きもののこと考えるとき人間だけを偉そうに見ていくのではなくアリだって大事でしょうという気持ちを込めてこのにしたのです

杉山 言葉が見つかった瞬間に前が開けるっていうのは僕も言葉に関わる仕事しているので時々は起きる今日も見ていただいた金融ミュージアムも金融ミュージアムというのは僕の概念ではすごく遠かったんですがひとつにすると何をしていいかがやっぱり分かったんです確かに金融もお金もとても人間の歴史に関係するし実はすごく人間そのものみたいなものでもあるっていうふうにだんだん
もちろんここは三井住友銀行なので三井と住友という両者の歴史をずっとたどっていくと日本の産業の歴史も語れるし日本そのものの歴史も語れる

中村 ミュージアムで見せていただいた貨幣の歴史などその国の様相も表していますねそれを見ていると文化だと思いました

杉山 そうなんですだからこれをやらない手はないと

社会を動かすのは人間が主体である。
それを知るためにも子供のころからお金を知るべき
(中村)

杉山 お金に関して日本では小さいとき子供のとき子供はお金をあまり触るものじゃないといわれますよね

中村 私もそうでした先ほどのミュージアム体験で戦後に金属がないから陶器でつくった貨幣がありました年代を見るとわたしは9歳の頃なのですけれど全然覚えていません子供の頃お金に触れていないんですねきっと

杉山 なるべく子供にはお金と関わりを持たせない
ところが人生のある時期から突然お金が出てくるから多くの日本人はお金に対して不自然な対応をするところがあるだから東京の千代田区の大手町で千代田区の小学生中高生が気軽にこのミュージアムに来て早い時期からお金とか金融のことを体験してもらうそういう場にもしようという意図もあります

中村 わたしもなんにも知らないものですから先ほどの体験がとても楽しかったですどこを触ってもええっという感じで

杉山 それは教養がおありになるから時間をかけずに慣れ親しむことができるんだと思うんです

中村 いえいえ知らないことだらけなのでいろいろ触りたい押してみたいと

杉山 それはうれしいな

中村 子供と同じです

杉山 そういうふうにみんなが触ってくれて本来の金融の意味や役割を感じてもらえればと心から思いますね
いま金融でつくられていることばというのは金融資本主義とか貨幣資本主義カジノ資本主義とかあまりいい言葉がないでしょう

中村 社会を動かすためにお金は必要なものであることはよく分かりますただわたしの立場で言わせていただくなら主体は人間です小学生の頃からお金や金融のことを教える必要があるとすれば人間がお金をどう使うかどう動かすかということの主体になれるようにしていただきたいのです社会を考えるときにお金が動いてればいいじゃないというのではなくて人間が皆きちんと生活していくためにお金うまく動いていますねと感じる社会がいいなと思うのです子供のころからお金を学ぶとしたら学ぶ理由はそこにあると思うのです

杉山 そうですねほんとに

多様肥大する金融経済に、
人間は「交換」する動物であることを忘れない意味。

中村 わたしたち最初は交換物を交換していましたよねその交換のシステムを便利に見事にしたのがお金でしょう

杉山 そうですね

中村 わたしなんでも生物に戻しますけれど交換ということがきちんとできるのは人間だけなのです例えば食べ物リスなど秋に採った食べ物をみんな自分のために貯めてそれを何かほかのものにしようとか誰かに分けてあげるという感覚がありません沢山あるから少し分けてあげようとはしないもうこんなに食べられないというときでも分けてあげようともほかのものと換えようともしないで腐らせてしまう
一方ではお腹をすかした仲間もいるわけですだから交換ができるのは人間のすばらしい能力ですしかも等価交換っていうのかおにぎりと柿の種のように違うものにお互いが価値をつくっていく一方の人には価値がなくてももう一方の人に価値があれば違うものでも交換できるわけですそういうことがお金が生まれる要因のひとつだと思うのです
ただ物を交換する時は必ず心が付いている心の交換っていうか心の交流が必ず伴ってくるほかの動物にはそういうタイプの心の動きがないから交換をやらないわけですね人間は心があるから交換しようねといって相手のことを思ってやったことがお互いに利益になるお金にもその本質は付いているはずだとわたしは思っているのですがお金になった途端に……

杉山 心が離れていく

中村 最初は付いているんでしょうね

杉山 どんどんどんどん抽象化されて肥大化していったので……

中村 お金だけで動くようになりましたね最近は心抜きのところでお金が動いていることが多いように思いますどんなに大量のお金であろうと心と一緒に動くようにしないと人間が主体で社会が動いていることにはならないのではないかなと思って

杉山 ポストモダンの思想家ボードリヤールJean Baudrillard1929-2007的なことでいえば人間そのものが人間を規定するときに人間は交換する動物であるといえるくらいに交換というのはすごく重要なものだけどそれがあまりにも抽象化されていくと自分たちの手の届かないものになっていくという……

中村 交換のときに交換されている物だけでなく交換している人間を見なければいけないんですお金を動かしている銀行の姿勢を見るその人間企業は何をしているかを知って心のやり取りに眼を向けたいと思うのです

杉山 この金融ミュージアムで小学生とか中高生が交換の本質や金融に関連する企業の姿勢とは? を体験したり考えたりして何か記憶の片隅に残してもらうようになっていくと本当にここがオープンした意味が出てくると思いますね

中村 そうですねそれと同時にその小中学生が大人になるまで待たないでいまの大人ももう一回お金に心を取り戻して欲しいなとわたしは思います

杉山 ぜひそういう風にも活用して欲しい
実は本日日本の知の代表である中村さんとお話しすることはかなりのプレッシャーだったんだけどもしかすると金融ミュージアムとかも結構ごんべんののような考えと重なるところがあるもしれませんね

中村 あると思いますお金を利子がいくらでそれをどう運用してなどだけを見ていたら重なりませんけれど交換という原点に戻って考えていけば100パーセントつながりますよ
やはり金融でも専門の方がいらっしゃるわけです専門的な金融の各論に入っていくとそこでお金の流れとか仕組みが中心に詳しく語られるわけなのですがその後ろに人間がいるということを忘れてはいけないと思います

杉山 個々の生活があって

中村 そう生活があることを忘れる哲学の大森荘蔵おおもり しょうぞう 1921〜1997 先生が世界観を持ちなさいその基本は生活だと教えてくださいました最近の著作を科学者が人間であること岩波新書というタイトルにしたのもそれを考えてのことです科学者はテレビでも科学者用語で科学でしか語りません
でも科学者にも家庭がある子供もかわいいでしょうお料理もおいしいのを食べたいでしょう生活があるのですその人がどういう人か分からないと信用しにくいですよねだから科学という自分の仕事を信用してもらうためにも自分に日常の人間がいつも重なって存在しているという意識を持つことが大事ではないかなと思っているのです

人類は一種。
共通性の上にある多様性が明日を豊かに(中村)。

杉山 中村さんにはこのミュージアムにダイバーシティという切り口で動画参加をしていただいていますその中には多様化していないと地球じゃないということもいわれています多様化しておくことで,地球が豊かになるっていうのが生き物の生き方であると未来への可能性と多様性はやはり関係を感じますか?

中村 DNA研究ではっきりいえる最大のメッセージは人は一種だということだと思っています象はアフリカ象とインド象がいるチョウだったら何万種もいますところが人間は一種です生きものについて科学ではっきり分かっていることまだ少ないですけれどヒトは一種だということは確かです根は一種なのですからお互い分かり合えないはずはないですねと生物学からいえるのです

杉山 すごい話ですね

中村 イスラムの人キリスト教の人とそれぞれに文化がありそれぞれの気持ちは大事にしなければなりませんでも根はひとつなのですから違うところもお互い認め合いながら社会をつくることはできるとわたしは信じています

杉山 今でいうグローバリズムの考え方とは少し異なりますか?

中村 そうですね大切なのはダイバーシティだと思います生きもの全体もたしかに多様でバラバラですけれどこれも38億年前に戻れば根はひとつですダイバーシティを語るときはでもそこに根っこがあるよということを言わないと意味がない

杉山 バラバラということになってしまうと

中村 はい本当のダイバーシティは共通性あっての多様性バラバラとは違いますここのミュージアム映像でも話していますが地球は多様化の方向で動いてきました生きものは多様化することで続いてきたのですこっちがいいと一方にだけ行ってしまうと滅びてしまう多様化しておくことで地球が豊かになるというのが生きものの有り様ですいろんな生きものがそれぞれ生きるための能力を持っているのですただ何千万種いる生きものの中でほかの生きものにはなく人間だけが持っているのがイマジネーション=想像力見えないことがわかる過去を考えたり未来を考えたりわたしたちは新しく生まれる子供が生きる未来社会をどうしたらよいだろうと考えますねそれができるのは人間だけです
だからイマジネーション=想像力を豊かに多様な存在を認めあって生きるということがいちばん人間らしい生き方だと思っています銀行のお仕事の中でも地域の生活生命や環境のことなどについても想像力をはたらかせ豊かなお仕事をしてくださるよう願っています

杉山 共通性あっての多様性ダイバーシティはいま様々な企業においても大きなテーマだし大切に考えていいかなければいけませんね
今日はいいお話を聞かせていただいて有り難うございました

杉山 恒太郎

株式会社ライトパブリシティ 代表取締役執行役員社長。大阪芸術大学 客員教授

1999年より電通においてデジタル領域のリーダーをつとめ、インタラクティブ広告の確立に寄与。トラディショナル広告とインタラクティブ広告の両方を熟知した、数少ないエグゼクティブクリエーティブディレクター。

中村桂子(なかむら けいこ)

1936年東京生まれ。理学博士 JT生命誌研究館館長 東京大学理学部化学科卒
DNAの働きから生命現象を考える分子生物学を出発点としながら、分析にとどまらず“生きている”という現象そのものを知りたいと考え、38億年の生命の歴史とその中での多様な生きものの関係を探る生命誌という新しい知の構築に挑戦。絵本『いのちのひろがり』など著書多数。

「絵巻とマンダラで解く生命誌」
青土社より発売中。
生命の38億年を目で見て感じる3つの絵物語。